「キヨがいて良かったよ」
この言葉にどれだけ報われたか。
私にとっては「人生の意味」と思っても過言ではない言葉です。
もちろん十人十色。
色々な考え方があってイイと思います。
私が消防に入ってすぐの頃は、
歓迎はされることは無く、ほとんどの人から馬鹿にされてきました。
大きな失敗をしたわけではありません。
消防の一年目は、上司の理想の動きをしないことで、
すぐにポンコツとレッテルを貼られる始末です。
心が痛みすら感じないほど病み、
半年間うつ状態で消防を休んだ時期もありました。
何も考えずベッドの上で天井だけを見て・・・。
今だにその時のことは忘れません。
暗い話はキライなのであまりこんな話はしたくないですが。
ただ綺麗事ではないですが、人生は自分次第で修正がききます。
その後、
病休から職場復帰し、私を待っていたのはもっと辛い現実でした。
消防は、うわさ話がとにかく早く、
私は何度も病休だったことを、事あるごとに突かれてきました。
面識のない奴にまで
呼び捨てや、馬鹿にされるほど。
正直「こんな職場に戻るんじゃなかった・・・」と何度も思いました。
【元消防士】パワハラを受けたとき…驚愕した消防本部と民間企業の対応のちがい
毎日仕事に行くのが本当に嫌で、仕事のモチベーションは完全に無くなりました。
ですがこのまま腐れば人生終わりだと思い、
何か自分に出来ることはないか?
自分だけにしか出来ない強みはないか?
懸命に模索し、「予防」の道に辿り着きました。消防では予防が苦手な人が多いように感じます。
たまたまとも言えますが、
ついに新しい部署で
新しいメンバーと共に仕事と本気で向き合って
「キヨがいるから大丈夫」
「キヨは頭がいいからなー」
「キヨがいて良かったよ、助かった」
と言われるぐらいに、挽回できました。
表情を変えることはありませんでしたが、
率直に伝えてくれた上司の言葉に涙が出そうになりました。
「この一言で一生働いていける」と感じました。
私は頭が良かったわけではありません。
ただ人よりも人が嫌がることと向き合い続けてきただけです。
その姿勢は確実に見てくれている人がいて、
結果は自然についてきました。
私は誰かに必要とされたかった。
一人の隊員として認められたかった。
それだけです。
職場を離れれば自分との闘い。
許された時間の中でどれだけ自分を高めることができるか。
悔しかった経験は、私に想像以上の力を与えてくれました。
自分の強さは、自分の「弱さ」の中にあります。
いつでも些細なことに、謙虚で忠実であること。
小さな成功の積み重ねがいつか大輪の花を咲かせます。
私はまだまだ大きくなれる。
消防の枠を超えて。
そう思い、消防を辞める決断をいたしました!
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